2020/01/29  カテゴリ 

きいてみた!

西口敏宏・一橋大学名誉教授に学ぶ②成功するチームは「遠距離交際と近所づきあい」が上手!

今回も西口敏宏先生にお話いただくのは、成功する「チーム作り」に役立つお話です。温州人の成功や「遠距離交際と近所つきあい」がもたらす価値について余すことなく話していただきました。

こんにちは、みんデザ編集部です。前編では、一橋大学名誉教授・西口敏宏先生に「奇跡を起こすチームの作り方」というテーマでお送りしました。東日本大震災で大被害を受けたルネサステクノロジーの那珂工場が、すごいチームによっていかに奇跡のように早く復旧したか、をお話いただきました。

デザイン思考のプロジェクトで大事なのはチームづくり。チームの間に信頼があり、そしてチームのメンバーに多様性があって、はじめて共創の効果が現れます。
後編となる今回も西口先生へのインタビューを通じて、「チームづくり」に役立つお話をお伝えします。

温州人は世界中に飛び出して成功している!

西口先生が次にお話するエピソードは…

西口先生が次にお話するエピソードは…

――ルネサスの事例でお腹がもういっぱいなのですが……もう一つ先生の研究で、読者のみなさんにとって、チームづくりに役立つお話を教えていただけますか?

それでは、温州人がヨーロッパに進出して成功した事例をお話ししましょう。

――温州って、温州みかんの温州ですよね?(ちょっとぽかんとする編集部)

はい、厳密に言うと「温州みかん」は日本の造語らしいのですが、その温州(温州は中国東部の浙江省、東シナ海に面する地域)です。中国人のなかでも温州人は国内外に広いネットワークを持っていて、今では世界各地で繁栄しています。

もともと、温州は中国で最も貧しい地域の一つでした。しかし、1978年の改革開放(中国の自由経済への移行改革)、温州はまたたく間に靴、アパレルを中心とする日用品の世界的な産地となったのです!

――すごいです。どうして、温州人はそんな急速に繁栄できたのでしょう?

温州人には決して、共産党の幹部や名門大学の出身者が多くいるわけではありません。
でも、温州人には「飛び出す」勇気がありました。北京や上海、成都など中国各地に進出した温州人が、作った製品を全国各地に流通して……そして、ひとり成功者が現れると、親族や友人が、私も、と追従する「温州商人」の気質を持っています。そうやって拡大を続け、温州人は中国国内のみならず、海外にも進出しました。

――主にどこの国に進出したのですか?

多いのはイタリアとスペインです。特にイタリアは温州人がもっとも集まる海外拠点。ラテンのお国柄なのか、とても移民に寛容で、温州人の「現地デビュー」を後押ししたのです。
もともと、第一次世界大戦の頃から温州人のイタリアへの移住は行われていたのですが、改革開放後の80年代以降、一気に増加しました。


不法難民への恩赦もイタリアでは、しばしば行われています。
恩赦のニュースは、あっという間にイタリアにいる温州人からメールや電話で、EUの他の国にいる温州人に伝わる。そして、イタリアにあっという間に温州人が集結する。このように、とても強い連帯意識を温州人は持っていました。

強力な同郷コミュニティを持つ温州人とイタリア人が仲良く繁栄

イタリアでの温州人の活動について文献を探す西口先生

イタリアでの温州人の活動について文献を探す西口先生

――イタリアでは温州人はどのように活動をしているのでしょう?

産業では、繊維産業・服飾加工業と、中国製品をイタリアで販売する小売・卸売業に進出しています。温州人は必ずと言っていいほど、特定の地域に集まって住みます。イタリアでは、プラート(トスカーナ州)という都市が有名です。

温州人同士の間では、住居や職、事業資金までも援助する強力なサポートの仕組みがあります。なんと、温州人であるだけで、無担保で数百万から数千万の事業資金ですら融資してくれる。温州人がプラートで、一気に一大勢力を築けた理由が分かるかと思います。

いっぽう、他地域からやってきた中国人(たとえば、福建人・東北人)はほとんど仲間内のサポートはありません。同じ中国人でも、方言で、温州人かそれ以外かははっきり分かってしまうんですね。

――そんな閉鎖的なコミュニティの温州人は、イタリア人とはちゃんと共存できているのでしょうか?

2010年代に入り、プラートの住民の5、6人に1人が温州人と言われています。こんなに多く温州人がいても、現地で排斥されるようなことはほとんどないですね。

――勢力が強くなると現地人と軋轢ができそうですが……どうしてうまくいっているんですか?

何よりも現地の経済に貢献しているからです! 温州人は現地のイタリア人とバッティングしない市場に参入しています。プラートでは温州人は繊維産業に進出していますが、地元のイタリア人が注力しているカシミアなど毛織物の高級素材ではなく、Pronto Moda(プロントモーダ:ファストファッション)に進出し、デザインから生地、縫製まで、あくまで補完的に多くを担っているのです。

また、温州人は製品づくりに貢献しているだけではなく、中国とイタリアのハブになって、本物のMade in Italyのアパレル製品を、中国本土に輸出し展開するのに貢献しているのです。

このように、温州人は自分たちの持つネットワークをフル活用して、現地のイタリア人と自分達双方が潤うように共存しているんですね。

成功するチームは「遠距離交際」と「近所づきあい」のバランスがいい

西口先生の著書『遠距離交際と近所づきあい』

西口先生の著書『遠距離交際と近所づきあい』

――温州人が成功したストーリーがよく分かりました。ここから私たちが教訓にできることはなんでしょうか?

温州人コミュニティが成功した理由を、私の専門であるネットワーク理論の観点から解説をしましょう。

――ネ、ネットワーク理論……少し難しそうです。

だいじょうぶです、わかりやすく説明をしますね。
たとえば、温州人がいくら強い絆を持つコミュニティだったとしても、完全に閉鎖的で外部の人とまったく接点がない状態だったら、ここまで発展したでしょうか?

一部の温州人が、大胆にも外部のつながりを求めて飛び出し、新しい情報を入手し、それを仲間内で皆と共有したからこそ繁栄につながったのです。
温州人の持つ結束の強さと、ほどよい外部への探求力。この2つが組み合わさったからこそ、成功したと言えます。

私はこの結束の強さを「近所づきあい」、外部への探求力を「遠距離交際」と呼んでいます。どちらか一方だけではダメで、「遠距離交際」と「近所づきあい」をバランス良く運用いるコミュニティが繁栄するんですね。

――これは……会社の組織やプロジェクトでも同じことが言えそうですね。

おっしゃるとおりです。会社組織でも、社内の人間だけで固まっていてはイノベーションは生まれにくい。一部の人が積極的に他社・他業界にネットワークを作るからこそ、新しい知見も中に入ってきます。ルネサスのお話(※前編をご参照)のとき、トヨタ自動車のノウハウについて触れましたが、トヨタは常日頃から自社内だけのコミュニケーションではなく、非公式の「現場改善勉強会」を通じて系列のサプライヤーと遠距離交際をうまくしていたのです。

みんデザで記事にされていたクライスラーの例も同じです。
同じ部署だけのコミュニケーション(近所づきあい)だけではなく、横串のコミュニケーション(遠距離交際)があったからこそ、業務の改善につながったんですよね。

――今日、私たちが西口先生にお会いしているのも「遠距離交際」の一種だと思いました。普段の活動では得られない知見をたくさんいただけました。この話は会社だけではなくて、グループでの活動や、個人のキャリアにも当てはまりそうです。

私自身も今日皆さんとお話をするなかで、自分の研究成果をどのように多くの方に分かりやすくお伝えするか、今後の活動について多くのヒントをいただきました。これは、私が所属する学者のコミュニティのみに埋没していると気づかないことです。

3月に開催するイベントでも、多くの方とのコミュニケーションを通じて、新しい気づきを得られればと思います。

「遠距離交際と近所づきあい」の先を研究する

玉ねぎ構造のネットワーク論

玉ねぎ構造のネットワーク論

――今後、西口先生はどのような研究を進められるのか、これからの取り組みを教えてください。

まさしく、最後にお話をしたネットワーク理論です。最新のネットワーク理論の論文は2010年代に入ってからたくさん発表されています。

私が『遠距離交際と近所づきあい』を公刊したのは2007年ですが、アメリカのネットワーク研究は、その後も飛躍的に進みつつあります。

現在の私はそこから進んで、新たな研究をしています。詳しくは、西口他『コミュニティー・キャピタル論 近江商人、温州企業、トヨタ 、長期繁栄の秘密』をご覧ください。

「遠距離交際と近所づきあい」の理論では、それまでのネットワーク研究の伝統もあり、登場する人とつながりは、誰でも、どこにいても、全て同じものと見なしていました。しかし、実際のコミュニティには、周囲に与える影響力の高い人もいれば、そうではない人もいます。そして、コミュニティに参加する人の役割はそれぞれで異なります。

今の研究では、影響力や役割に着目し、現実のコミュニティに、より近づいた分析や考察をしています。

――研究がどんどん現実に近づいていくのですね。新しい研究成果をまたお聞きしたいです。西口先生、長時間にわたりありがとうございました!
西口先生、ありがとうございました!

西口先生、ありがとうございました!

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